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10/24 2004  男体山のホシガラス



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 中禅寺湖
 10月11日、奥日光の男体山山麓の標高約1,700mのあたりに行く機会がありました。
 朝のうち、奥日光は小雨が降っていたものの、お昼前には雲が一掃され快晴となりました。でもいろは坂から下は霧の中。そしてそこから吹き上げられてくる霧が中禅寺湖に流れ込んできます。
 中禅寺湖・左側の華厳滝方向から霧が広がる
 今年は秋の天気が良くないため、奥日光の紅葉は竜頭滝など一部をのぞきあまり鮮やかではなかったようです。紅葉は秋の天候に左右されるといわれています。落葉する前の時期に、日中晴れて夜間冷え込む、という繰り返しによって葉のデンプンが化学的に赤や黄の物質に変化し、美しく紅葉します。だから、9月〜10月の天候はその年の紅葉の具合に大きく影響します。そうはいってもやはり奥日光の秋です。男体山の山麓ではシロヤシオやカエデ類が朱色に、ブナが黄色に明るく色づき、抜けるような青空と乾いた空気は、とても晴れやかな気持ちにしてくれます。  中禅寺湖を背景に飛ぶトビ
 ここには男体山の大きな薙(なぎ)があり、眼下には陽光に輝く中禅寺湖を一望することができます。中禅寺湖に向かって左側の男体山の山麓にはブナのほか、ミズナラ・ミズメ・ウラジロモミ・オオイタヤメイゲツなどの混交林がひろがります。そしてこのあたりがブナなどの広葉樹が生育できる限界に近いようで、代わりにコメツガなどの針葉樹が目立つようになります。 輝く中禅寺湖を背景にダケカンバ
 薙は崩壊を防ぐため人為的に植物で緑化されていますが、その植物に依存して生息しているらしいモンキチョウが今年最後の黄色い羽を羽ばたかせています。空にはノスリが気持ちよく飛び回り、ここでも渡りの途中と思わせるアサギマダラがフワフワと風にのって飛んでいます。

ホシガラス
■ホシガラス
 そんな気持ちの良い空を見上げていると同行の友人が「あの鳥なんだ!」と叫びました。すぐに双眼鏡で確認した彼は「ホシガラスだ」と一言。東に広がるブナ林の方面から西の男体山の上の方に飛んでいきます。
 カケスのような、でもなんかちょっとぎこちないような飛び方は独特のものがあります。尾の周囲が白く、鳥が苦手なこけこっこも肉眼で確認することができました。ホシガラスは数年前女峰山山頂近くのハイマツ林で見たことがありました。どうも高山帯の鳥、というイメージがあったので広葉樹が多いこのような山中で見ることがとても不思議な感じでした。後から友人に聞くと「ホシガラスは亜高山帯以上に分布」しているそうなので、ちょうどその下限くらいなのかもしれません。  枯れ木に止まるホシガラス
 するとまたホシガラスがやはりブナ林の方向から出てきます。ときどき途中の枯れ木に止まってまた同じように西の山の方に消えていきます。次から次へと飛び出してくるホシガラスはどれもが喉を鳩のように膨らませて飛んでいるのがわかります。明らかに喉の中に何かが入っているようです。 のどの下をふくらませて西に向かって飛ぶホシガラス
 すると友人が「ホシガラスが食べ物を運んでいる途中」と教えてくれました。
 いくつかのサイトでホシガラスを調べてみると、カケスなどとともに「冬期食料や育雛期に利用するため、秋には種子をのど袋につめ、一定の貯食場所まで運ぶ」と書かれていました。また、このように貯食をする習性がハイマツやブナなどの樹木の種子散布に重要な役割を持っているようなのです。
 貯食と植物の関係についていくつかのサイトで書かれているので一部を引用します。

 果実を食べる鳥類は,果実に含まれる種を運搬していることが知られている.鳥類による運搬が,実際に種子の散布にどれだけ役立っているのか,実証的に研究された例は少ないが,果実や種子が鳥類に食べられる形質を進化させ適応しているように見えることから,鳥類は樹木の種子散布者として重要な働きをしていると考えられる.ヒレンジャク(Bombycilla japonica)によって食べられたヤドリギの種は,鳥の消化器官を通って粘着性の高い糞に混じって枝の上に排泄され,そこで芽を出す.飛翔する鳥類は,体を軽くしておくことが大切で,食物を速やかに排泄するので,食べられた種が消化液によって損傷する危険性が少ない.北米のハイイロホシガラス (Nucifraga columbiana)は,大量のハイマツの種子を貯食し,その種子散布に役立っていることが証明されている.日本のカケスなども,ドングリを運搬・貯食するので,種子散布者として役立っている可能性がある.
http://forester.uf.a.u-tokyo.ac.jp/~ishiken/education/sinrindobutu/birdinfor.html

ブナ北限地帯において,ブナの北進の様子を観ますと,傾斜度30〜40度(ときに60度)の崩壊地に最初に侵入しています。この理由は,貯食のためカケスやホシガラスが堅果(ケンカ)の埋め込みを行い,更にブナの稚樹期における共生菌が関わっているものと考えられます。稚樹の共生菌であるシノコッカム・グラニフォルメ菌は,土地が撹乱された状態でブナと共生出来ます。また,埼玉県秩父地方の冷温帯ミズナラ二次林においては,林床にブナが更新しており,ブナ林に遷移して行くのに対し,札幌市郊外にあるブナ人工林の林床においては,ブナよりもミズナラの芽生えが圧倒的に多く,将来ミズナラ林に変わることが予測されます。 http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/14/1413.htm

 この他にも驚くべき報告があります。北アルプスの蓮華岳の2740m地点(高山帯)でブナの実生と未発芽の種子がまとまって見つかったというのです。ブナの上限が1,600m付近ということですから、これもたぶんホシガラスの仕業でしょうか。  →大町山岳博物館HP
 ホシガラスやカケスなどの貯食行動は森林生態の一つなのかもしれません。森は豊かな食べ物を提供し、そして鳥たちは「貯食」により分布拡大に一役買う、という素晴らしい関係の上に成り立っていることがわかります。もっとも自然界はすべてこのような調和の中に成り立っているわけですから、どちらか一方が欠けると全体に影響が出てきてしまうわけです。
 観察した場所は標高が1700mほどあります。ブナは本州中部地方ではこのあたりが分布の上限になる標高ですが、けっこう数多く生育しているのです。まして、「薙」は崩壊地であり、貯食場所としてホシガラスが好む環境も身近にあるわけです。
 この地にホシガラスが多く見られ、かつブナが高い標高まで生育しているのは、「薙」という特殊な環境、ホシガラス、山麓のブナの森、この三つの条件がうまくそろったからなのかもしれません。
 
 
 

■実りのブナ林
 今年は日本海側の地方では台風などの影響もあり、木の実が少なくてツキノワグマの人的被害が社会問題にもなりました。しかし、日光では今年はなりものの当たり年です。ミズナラ・コナラ、クリ、ブナ、どれもが豊作で、いつもならば落ちるとすぐに小動物がどこかにかくしてしまうのですが、今年は森の至るところで木の実を見ることができます。 ブナに集まるホシガラスを観察する。足元にはブナの実が落ちている
 ホシガラスが出てきた東に広がる森のブナもその例外ではありません。この森はブナのほかミズナラなどドングリ系の実がつく木のほか、ミズメ・ウラジロモミ・オオイタヤメイゲツなどの広葉樹を主体とする自然度の高い森で、林床はミヤコザサで覆われています。
 帰り道、この森のブナの下に実がたくさん落ちているところで、ホシガラスが地面に止まっているのをみかけました。すぐに飛んでいってしまったので何をしていたか確認できませんでしたが、たぶん、ブナの実を食べていたことと思います。あたりのブナの樹上を見上げると案の定、実をつけたブナの枝にホシガラスが止まっているのがみつかりました。けっこう体重があるようで実をつけたブナの細い枝が大きくしなっています。イカルも群れになってブナの実を食べています。 ブナの枝先に止まり実をついばむホシガラス
 他のブナもよく見ると、どの木にもホシガラスがとまり、ブナの実をしきりについばんでいます。あたりからは「カチッカチッカチッ」と、ホシガラスがブナの実をついばむときの音(だと思う)だけが森の静寂の中から聞こえてきます。ホシガラスはブナの殻をくわえると近くの別な木に飛び移り、足で押さえて中身をつついて出しているようです。 ブナの殻を近くのミズメに運び、実をついばむ
 どうやら、あののど袋を一杯にしたのは、この森のブナの実だったようです。そしてのど袋がいっぱいになると西のどこかにある、貯食場所に運んでいたのでしょう。
 なかなかブナの実を食べる機会がなかったのですが、今年は豊作、落ちているブナを拾って生で食べてみました。脂肪がたくさん含まれているナッツにそっくりな味でかなり美味でした。この味ならば鳥が好んで食べるのも納得です。人間でもウィスキーつまみとして好んで食べる味です。

 ホシガラスの生態の一部にブナが関係していたとは意外でした。またブナの生態の一部にもホシガラスやネズミたちの存在は大きなものに違いありません。なぜならブナは歩けないですから。ブナはおいしい実をつけることによってホシガラスに子孫を増やす手伝いをさせていた、ということですね。

 長い時間をかけてこのような関係を構築してきた連綿とした自然の営み。この美しい調和を人類が壊すことだけは避けなくてはなりません。壊すことは人類が生き続けることを否定することに繋がります。ホシガラスはブナに貢献していますが人類はブナに何の貢献もできません。人類は自然に生かしてもらっているだけの動物だから。
 そんなことを思いました。